『テネブレ』感想

八束さんの薄い本(薄くない)の感想。ネタバレしまくり。
Web版はこちら

■ タイトル:テネブレ
■ 長さ:長編
■ ジャンル:陰鬱系ダークファンタジー

壮絶な人間関係の玉突き事故っぷりを、(読み手が)離れたところから呆然と眺めているような話…とツイッターのリプで書いたような気もするんですが、まさにそんな作品。
個々人の抱えている複雑なもの、わりきれないもの、手に負えないものがどうしようもないくらいぐちゃぐちゃに絡み合って、ひんやりとした息苦しさとなまあたたかい安堵感のなかでもがいている…という印象を受けました。
なまなましいし、どろどろしているし、人肌の熱もわきあがる(性的な)衝動も激しく感じるんだけれど、作品全体をただよう空気感はひんやり。このトーンの統一感がすごいなぁ。
薄暗くてしとしとと雨の降っている描写、泥のなかを歩いて行く表現が繰り返されるんですが、これが薄暗くて鬱々とした物語にぴったりすぎる風景で…。
だからこそ脳みそに焼き付けられて、三章のエッカルトでもTSUNAMIでもないんだけれど、読後感は「思い出はいつの日も雨」状態です。
そんな世界のあちこちに赤い花が散りばめられていて、鮮やかな色彩をはなっているのがきれい。これが物語における「差し色」にもなっているんだなぁ、と感じました。

エッカルトはマルゴットを「私の人生の光」と称して、実際に光として認識していたんだろうけれど、でも、素のままの姿で接することのできる、自分の屈折したところ、暴力的なところをさらけだせるヘルマンという「暗いよりどころ」にすがっていった。
そしてヘルマンはエッカルトのことを「かけがえのない光」と呼んだ。
この噛み合わない感情の連鎖がたまらなかったです。やるせないんだけどものすごく魅力的。
ほんとうに私的なものは他者と共有できないからこそひとは孤独で、他者を渇望せざるをえなくなって、渇望するから苦しくなって、そうやってもつれ合いながら生きたり死んでいくのかもなぁ…と思ったり思わなかったりしました。

基本的にエッカルト視点で語られていくからか、ニムロドを拾ってきたダミアンが元凶のような気もしたんですが、でもダミアンにはダミアンでなにか消化しづらいものを抱えていたんだろうなぁ…。
ありあまる性欲だけでもひとは屈折するし、「人並みを外れている」ということはある意味では周りの人間とは相容れない存在であることだろうし。

200年経ってもヘルマン(ニムロド)は変わらない姿で存在しているし、なんだかんだでダミアンはダミアンのままなのに、あんなに人間くさくてなまなましい存在だったエッカルトはもうどこにもいないんだな…という喪失感で、四章は死ぬかと思いました。たまらん。
エッカルトの亡霊さえも出てこない、完全に「無」という空気が無常感に満ちていて、感傷にさえひたれない。
だからこそ、ゲルトルートが引導を渡してくれてほっとしました。寂しいけれど、「やっと終わったんだねぇ…」としみじみしながら声をかけたくなるというか…。
エッカルトとヘルマンが出会ってしまったのが必然なら、ゲルトルートの時代にニムロドが塩の湖に戻ってきたのも必然なのかも。

ゲルトルートが猟師に言いはなった「神を恐れない」発言は実に熱かったです。
性的じゃない熱、というか。生物として生き残ろうとする熱、というか。
そんな熱があったからこそ、暗くて湿ったところで這いつくばっている男たちの物語を終わらせられたんじゃないかな。
ニムロドを支配していた神のちからを退けられたんじゃないかな。
みたいな感じでいろいろ妄想が浮かんでは消えしました。

とまあ真面目に感想を書いてみたけれど、一言でまとめると「とんでもないどスケベ変態小説」でした。